錠剤ルミン®Aの歴史
HISTORY

年表


錠剤ルミン®A-50γ(20錠)初期パッケージ

19世紀後半
ドイツで感光色素が発見される。
1922年
(財)理化学研究所の尾形輝太郎博士により
感光色素の合成研究がはじまる。
(財)理化学研究所の尾形輝太郎博士により感光色素の合成研究がはじまる。
1924年
(財)理化学研究所の尾形輝太郎博士らが新規感光色素を発見する。
その中のクリプトシアニン系感光色素が後のルミン®Aの有効成分で
ある。
(財)理化学研究所の尾形輝太郎博士らが新規感光色素を発見する。その中のクリプトシアニン系感光色素が後のルミン®Aの有効成分である。
1934年
満州医科大学波多野輔久博士により、
感光色素の医学分野への応用研究がはじまる。
満州医科大学波多野輔久博士により、感光色素の医学分野への応用研究がはじまる。
1947年
尾形輝太郎博士により、
クリプトシアニン系感光色素がLumin(ルミン)と命名される。
(株)林原が、GHQの指令により解体された尾形研究室を引き継ぎ、
感光色素の研究を発展させることを目的に、(株)日本感光色素研究所
を設立。
尾形輝太郎博士(日本感光色素研究所所属)により、クリプトシアニン系感光色素がLumin(ルミン)と命名される。(株)林原が、GHQの指令により解体された尾形研究室を引き継ぎ、感光色素の研究を発展させることを目的に、(株)日本感光色素研究所を設立。
1950年
文部省科学研究費により、感光色素研究班
(主宰:京都大学医学部病理学教室鈴江懐教授)が発足し、
感光色素についての本格的な生物学的・医学的研究がはじまる。
文部省科学研究費により、感光色素研究班(主宰:京都大学医学部病理学教室鈴江懐教授)が発足し、感光色素についての本格的な生物学的・医学的研究がはじまる。
1951年
(株)日本感光色素研究所が、感光色素の一つである
クリプトシアニンO.A.コンプレックスを有効成分とする医薬品、
「錠剤ルミン®A-50γ」、「錠剤ルミン®A-100γ」を発売。
(現在は一般用医薬品として分類される。)
(株)日本感光色素研究所が、感光色素の一つであるクリプトシアニンO.A.コンプレックスを有効成分とする医薬品、「錠剤ルミン®A-50γ」、「錠剤ルミン®A-100γ」を発売。(現在は一般用医薬品として分類される。)
1997年
拡大する需要に対応するため
創薬事業所(現 藤田製剤工場)を竣工。
拡大する需要に対応するため創薬事業所(現 藤田製剤工場)を竣工。
1999年
(株)林原生物化学研究所と(株)日本感光色素研究所が合併。
2001年
発売50周年を迎える。
2009年
「錠剤ルミン®A-50γ」「錠剤ルミン®A-100γ」が、
第3類医薬品に分類される。
「錠剤ルミン®A-50γ」「錠剤ルミン®A-100γ」が、第3類医薬品に分類される。
2012年
(株)林原を存続会社として、(株)林原生物化学研究所を吸収合併。
発売以来、半世紀以上にわたり、株式会社林原は、
皆様の健康に貢献する願いを込めて、錠剤ルミン®Aを作り続けています。
発売以来、半世紀以上にわたり、株式会社林原は、皆様の健康に貢献する願いを込めて、錠剤ルミン®Aを作り続けています。

ルミン(Lumin)の名前の由来

尾形輝太郎博士が発見したクリプトシアニン系感光色素を含む新規感光色素(後のルミン®Aの有効成分)を、尾形博士の恩師である、東北帝国大学理学部化学教室の真島利行教授(理研・主任研究員を兼務)が、イルミネーション(Illumination)の綴りと、尾形博士の名前「輝太郎」の「輝」に因んで、絢爛たる色素・光輝ある色素の意を含めて、イルミノールUII ( Illuminol UII)と命名。
このイルミノール(Illuminol)が母体となり、数々の研究者の功績を経て、1947年に尾形博士自身によりルミン(Lumin)と命名されたと言われています。
ルミン(Lumin)の名前には、感光色素の歴史、そして開発者の思いが凝縮されています。

引用文献 1951年発行の研究会機関誌「感光色素」第7号編集後記(鈴江博士著)